Social scenario research program towards a carbon neutral society
JST採択(2023ー2026) 「低炭素社会実現のための社会シナリオ研究事業」

科学技術振興機構(JST)低炭素社会実現のための社会シナリオ研究事業は、我が国の経済・社会の持続的発展を伴う、科学技術を基盤としたカーボンニュートラル社会の実現に貢献するため、望ましい社会の姿を描き、その実現に至る道筋や選択肢、戦略を示す社会シナリオ研究を推進します。JSTは、文部科学省が策定した研究開発戦略に基づき、2009(平成21)年12 月、低炭素社会戦略センター(LCS)を設置し、本事業を実施してきました。 2020(令和2)年 10 月には、2050 年までのカーボンニュートラルの実現という目標が政府から明確に掲げられ、本研究の重要性はより一層高まってきました。2023年4月から、これまでのLCSにおける研究の成果を踏まえ、人文社会科学系を含めた幅広い研究者の知の取り込みや 研究人材の育成を図り、社会シナリオ研究のさらなる発展と社会貢献を睨み、委託研究が始まりました。

本プロジェクトでは、委託研究の課題において「カーボンニュートラル移行の加速に向けた総合知に基づく社会シナリオ」研究に取り組んでいます。脱炭素技術の技術的・コスト的展望に関する定量的な解析、社会への導入のシナリオの検討とともに、カーボンニュートラル社会の実現を加速する新技術創出に資する研究開発から、成果の普及、社会への実装までを見据えた戦略策定や社会システム設計のための研究を行っています。

代表あいさつ


研究代表者:杉山 正和(東京大学 先端科学技術研究センター 所長・教授)
地球規模の気候変動の進行を抑制するために、CO2排出量のネットゼロ実現が人類共通の課題となっています。ネットゼロを実現するための社会シナリオは世界中で研究され、各国で2050年に向けた社会やエネルギーシステムの姿がシナリオとして提示されつつあります。これらのシナリオは未来の予測ではなく、未来のあるべき社会像を例示するものです。したがって、人々の未来に対する志向や価値観を反映して、同じ国について複数のシナリオが当然存在します。また、目指す方向は同じであっても、背後にある仮定などにより、かなり異なるシナリオが提示されることがあります。私たちは、このようなシナリオの意味と多様性を理解したうえで、現在とシナリオが示す未来とのギャップを認識し、望ましい社会を実現するためのトランジション戦略を構築する必要があります。2050年にカーボンニュートラルを実現するためには、様々な技術と政策を巧みに組み合わせることが不可欠です。しかし、現段階で社会実装可能な技術だけではカーボンニュートラルを実現することは難しく、グリーン水素やカーボンリサイクルなど発展途上の技術が不可欠となります。また、進展著しいデジタル・トランスフォーメーション(DX)は省エネルギーに貢献することが期待されますが、一方で人工知能の普及拡大などによる計算量の増大は顕著な電力需要増につながることが懸念されます。専門家をチームに組み込み、2050年に向けた技術進展の見通しを取り入れたシナリオ作成が必要ですが、それでも技術進展の不確かさに由来する幅がシナリオに含まれることは避けられません。さらに、私たちを取り巻く環境は急速に変化しており、ダイバーシティー・インクルージョンといったウェルビーイングを重要視する新たな社会の価値観の台頭、ウクライナ・中東情勢や米中の新たな地政学的関係性など、カーボンニュートラルの実現に非常に大きな影響を及ぼしうる大きな社会的トレンドが顕在化しつつあります。こうした幅広い知見を総合知的にシナリオに組み込むことも必要です。さらに近年は、持続可能な開発目標(SDGs)とカーボンニュートラルのシナジーやトレードオフが顕在化しており、これらに関する更なる分析が必要です。
本プロジェクトでは、これまでに述べた様々な課題を抱えるシナリオ研究に新たな潮流をもたらすべく、社会像、省エネ・脱炭素技術、システム解析・モデリングなど多分野の専門家がチームを組み、総合知に基づく社会シナリオの戦略構築に取り組んでまいります。JST低炭素社会戦略センターの資産を有効活用しつつ、2050年の日本の明るく豊かなカーボンニュートラル社会への道筋を提示し、それを実現するための政策・戦略立案に貢献することを目指します。


シナリオとは

1. 研究プロジェクトの概要

本研究では、定量的な科学技術評価に基づいて明るく豊かなカーボンニュートラル社会の未来像への道筋を描く複数の定性的シナリオ・ナラティブ(ストーリーライン)と統合評価モデルなどに基づく定量的評価体系を開発します。本研究は全体統括グループに加えて技術シナリオ評価グループ、定量シナリオ解析グループ、社会シナリオ対話グループ、統合シナリオ構築グループの4チームからなり、コストエンジニアリング、ライフサイクル評価、統合評価、社会技術分析などの手法を積み上げ、ワークショップなどを経て、総合知に基づくシナリオ開発を目指します。これにより加速的な移行戦略を創出し、日本のカーボンニュートラル社会の実現に貢献します。

2.1 目指す社会像

明るく豊かなカーボンニュートラル社会シナリオ低炭素社会実現のための社会シナリオ研究の目的、目標のひとつに2050年の目指す社会像の提示があります。一般に二酸化炭素(CO2)の排出の元となる石油や石炭の消費を最小限にし、森林や人工的なCO2の固定化や変換により大気中のCO2濃度を一定に保つカーボンニュートラル社会は、電源構成の変更や産業構造の大きな再編成を余儀なくされ、ややもすれば経済活動を停滞させる懸念や、光熱費が上がるなど個人生活活動も制限されるイメージもあります。
本プロジェクトでは、2050年の目指す社会像として、日本国が世界に先駆け科学技術の発展とともに新しい産業を創出し発展させ、国の繁栄経済成長につなげてゆく「明るく豊かな社会」かつ地球環境に調和する「カーボンニュートラル社会」を両立できる社会像を目指しています。

2.2 定量的評価体系

将来の社会の姿を評価、分析する手段として、一般均衡モデル解析や、数理線形最適化計算を用います。これは科学的根拠に基づき、財やデバイス、装置、システムのコストパフォーマンスを定量的に数値化し、その数値を例えば市場の需要と供給のバランスから市場導入量をシミュレーションするものです。より精緻に予測するには、科学的根拠に基づくコスト/パフォーマンス計算や製品寿命、仕様、製造条件などの精緻な数値が必要になります。

本プロジェクトでは、特にCO2低減技術の核となる技術の水素(電解製造、貯蔵、輸送、発電)、二酸化炭素回収・貯留(CCS : Carbon dioxide Capture and Storage)、回収・貯留・再利用(CCUS : Carbon dioxide capture, Utilization and Storage)、直接大気二酸化炭素捕集(DAC:Direct Air Capture)、蓄電池をコア技術とし、コア技術のコストエンジニアリング手法による定量的技術評価(TEA:Techno-Economic Analysis)、リサイクル、リユースを考慮した製品寿命評価(LCA:Life Cycle Assessment)を精緻に行うことを特徴としています。

2.3 総合知に基づくシナリオ開発と加速的な移行戦略提案のしくみ

総合知に基づくシナリオ開発と加速的な移行戦略提案のしくみ総合知に基づくシナリオ開発と加速的な移行戦略提案のために、各パートの専門家グループを作りプロジェクトを形成しています。各グループは単独でテーマを深堀、研究開発を進めながら、グループ間で有機的に連携し、シナジー効果を生み出していきます。
コストエンジニアリングによる材料レベルからのコスト解析からモデル定量解析まで、さらにシナリオ構築を経てステークホルダーへのアウトリーチまで、迅速に政策提案や技術戦略を提言できるしくみを構築しています。また、それぞれのグループで最新のデータや情報を取り込むことで、最新のシナリオを共有、ロバスト性に富むしくみになっています。各グループで人材育成も含め、独自に目的、目標を設定して推進します。

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